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 07/4/26/thuのトップ
top-botannohana.jpg

「牡丹」

興禅寺(だるま寺) の牡丹。
つつじを撮りに行ったが、つつじはまだ早く、ちらほら咲きだった。ちょうど奥様が出て来られて、「もう少し登ったら牡丹が咲いています。黄色の牡丹が今が見頃です。」と言って案内してくれました。奥様ありがとうございました。
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(2007/04/28(土) 23:40)

 07/4/22/sunのトップ
top-fuji.jpg

「藤」 

フジ (藤) は、マメ科の蔓性の落葉木本である。春、4月から5月にかけて淡紫色または白色の花を房状に垂れ下げて咲かせる。古来、日本人にこよなく愛され、用いられてきた。


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(2007/04/25(水) 21:05)

 07/4/18/wedの トップ
top-koinobori.jpg

 「鯉のぼり」 写真は彦五郎公園の「鯉のぼり」 4/17撮影

 鯉幟(こいのぼり)とは元来、江戸時代に武家で始まった、端午の節句である旧暦の5月5日までの梅雨の時期の雨の日に、男児の出世を願って家庭の庭先で飾られた紙・布・不織布などに鯉の絵柄を描き、風をはらませてなびかせる吹流しを鯉の形に模して作ったのぼり。皐幟(さつきのぼり)とも言う。現在はグレゴリオ暦(新暦)5月5日まで飾られ、夏の季語として用いられる。飾られる季節も変わり、イメージは「晩春の晴天の日の青空にたなびくもの」となった。英名は Carp Streamer。

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(2007/04/22(日) 00:30)

 07/4/13/fri のトップ
top-07takumanosakura.jpg

 「散りゆく桜(田熊)」

桜も満開が過ぎ桜吹雪になり散りはじめてきた。桜の花は潔く美しい。花の時期は短いが、その美しさに人々は魅了される。

写真は田熊川の堤防の桜並木。
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(2007/04/17(火) 21:39)

 07/4/9/mon のトップ
top-07hikogoronosakura.jpg

 「彦五郎公園の桜並木」

07/4/9撮影

夕方、写真を撮りに彦五郎公園へ。ちょうど今が満開の桜並木の下をウオーキングする人達やドライバーの目を楽しませている。写真を撮っていると、近くの枝からウグイスの囀る声が聞こえてきた。思わず和んでしまいシャッターを切るのも忘れてしまいそうな瞬間である。
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(2007/04/12(木) 21:18)

 07/4/6/friのトップ
top-takahatayama.jpg

高畑山の山頂から桜を撮った。田辺湾から日置方面の海まで見え、美しいパノラマが広がっていた。ここもまた桜並木が綺麗な所である。
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(2007/04/09(月) 19:22)

 07/4/2/monのトップ
top-nankinosakura.jpg

「桜の花」

南紀養護学校のソメイヨシノが満開に近く、とても綺麗でした。07/4/1撮影

ソメイヨシノ(染井吉野)はエドヒガン系のコマツオトメとオオシマザクラの交配で生まれたサクラの園芸品種。現代の観賞用サクラの代表種である。

命名の由来
江戸末期から明治初期に、江戸の染井村に集落を作っていた造園師や植木職人達によって育成され「吉野桜(ヤマザクラの意)」として売り出していた。藤野寄命の調査によってヤマザクラとは異なる種の桜であることが分かり、1900年(明治33年)「日本園芸雑誌」において「染井吉野」と命名された[1]。
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(2007/04/05(木) 23:17)

 07/3/28/wedのトップ
top-kamiiwadanomomonohana.jpg

「桃の花」

上岩田の旧311号沿いに桃の花が咲いていました。

「桃」
原産地は中国西北部の黄河上流地帯。欧州へは1世紀頃にペルシア経由で伝わった。英名ピーチ(Peach)は“ペルシア”が語源で、ラテン語の persicum malum(ペルシアの林檎)から来ている。種小名 persica(ペルシアの)も同様の理由による。日本では弥生時代(あるいはそれ以前)に伝わった。平安時代~鎌倉時代には水菓子と呼ばれ珍重されていたが、当時の品種はそれほど甘くなく主に薬用・観賞用として用いられていたとする説もある。明治時代には、甘味の強い水蜜桃系(品種名:上海水蜜桃など)が輸入され、食用として広まった。現在日本で食用に栽培されている品種は、この水蜜桃系を品種改良したものがほとんどである。なお、“もも”の語源には諸説あり、「真実(まみ)」より転じたとする説、実の色から「燃実(もえみ)」より転じたとする説、多くの実をつけることから「百(もも)」とする説などがある。

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(2007/04/02(月) 01:19)

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